Natsu life

娘・家族・仕事。大切なものをもっと大切にしたい。お母さんエンジニアの思うこと。

何気ない一言で娘を傷つけたかもしれない話

最近、なかなか起きてこない娘。

3学期は(3学期も?)何かと行事が多く幼稚園児なりに疲れているだろうと思うし、何よりも、できるだけ睡眠をとって風邪をひかないようにしてほしい。そう思うと、ついついギリギリまで寝かせてしまうのですが・・・。

結果的に食事にも時間がかかりそのあとの着替えもまた例外なくペースが上がりません。

急かしたところでたいして効果がないのは分かっているのだけど、だからと言っておだてていてもことは始まらない。園バスに乗り遅れるということだけは避けたいし(幼稚園がそこそこ遠いので・・・)、最後は結局急かしてしまう。

そんな毎日を過ごしているわけですが、今日は色々と反省する場面がありました(私が)。

何気ない一言

特に意識して言ったわけではないのですが、ついつい口から出た一言。「いつもこうやって遅くなっちゃうから、もう少し早くごはんを切り上げようよ」

それに対して娘が大きく抗議。

「『いつも』ではない!」

ハッとしました。もちろん、きちんとできる日もある。むしろ、1年を通して見たらきちんとしている日の方が多いはず。

それなのに、ここ1週間ほど毎日グズグズが続いていたのもあり、何気なく出てきたのが「いつも遅くなる」でした。

大人にとっての『いつも』と子どもにとっての『いつも』

私にしてみたら、別に娘を否定しているわけではなく、単に優先順位をつけようよという話でした。遅刻しないということを一番に優先し、ごはん(というか、おかわりですが・・・)は時間が来たら切り上げる。その方がお互い気持ちよく出発できると思い、言った言葉でした。

大人にとっての『いつも』は、『ここ最近』のこともあれば、『半年くらい』のこともあり、もちろん、『100%』のこともあります。

でも、子どもにとっては違うのでしょうね、きっと。

純粋すぎて、言葉の意味をストレートに捉える子どもにとっては、

『いつも』=『100%』

なのだと思います。

言葉の持つ危うさ

『いつも』という言葉は、こうして大人と子どもの間に温度差を生むのでしょう。

娘はきっと、私に全否定された気持ちになったのだろうと感じました。

もちろんあとから謝ったけど、瞬間的に大きく娘を傷つけたかもしれないと思うと、心が痛みます。

まだまだ語彙もそれほど多くない幼稚園児。そして、驚くほどストレートに言葉のもつ意味を受け止めてしまう。『いつも』以外にもきっと、大人と子どもで感じ方が違う言葉はたくさんあるのではないかと思います。

これからは、もっと気をつけていかなくてはと思った朝でした。


さて、気を取り直して明日は遠足。

お弁当の準備は半分終了しました。続きは明日の朝。

明日は気持ちよく出発できるよう、色々気をつけよう。

保育園・幼稚園生活に思うこと

今年もまた認可園の結果が出る季節になりましたね。色々な思い、色々な準備や次への策が繰り広げられていることと思います。

我が家の娘は4月から年中組。これまで保育園に3年とこども園(と言ってもほとんど幼稚園)に10ヶ月ほど通っています。この季節は、転園があろうとなかろうと、自分と子供の生活について考え、振り返るいい機会になっています。

育児と家事と仕事の毎日はとにかく戦いです。でも、どうせなら楽しみたい。親も子も、仕方なしに預けて・預けられているという感覚ではなく、園生活を楽しむことが必要だと思っています。

これまでの約4年を振り返りつつ、園生活を送る上で私が意識していることを書いてみました。

園の「いいとこ探し」

我が子を預ける保育園ですから、隅々の細かいことまで気になります。これまで通っていた園も、今通っている園も、それぞれに良いところと悪いところあります。

でも、いざ預けると決めたら徹底的に「いいとこ探し」をしています。もちろん、気になるところもたくさんあります。完璧な保育園なんてなかなか存在しないもの。

だけど、我が子を預けるとき、親が不安に思っていたら確実に子どもに伝わります。親が、園に対して敵対心を抱いていたら、子どもはなぜそこに預けられるのか、きっと不安になるでしょう。だからまず、自分が園と信頼関係を築けるよう、とにかく園のことを好きになるように「いいとこ探し」を徹底します。

そして、いいところを娘にも伝えます。それが娘の心をどれだけ支えてくれているかは分かりませんが、最初は警戒心をむき出しにしていた娘も、今ではすっかり園を楽しんでいます。

「ごめんね」とは思わない

この4年間、色々なことがありました。泣き叫ぶ娘との戦いもありました。私もたくさん泣きました。

でも、できる限り娘の前で「ごめんね」とは思わないように気をつけてきました。

「預けてごめんね」
「お迎えが遅くてごめんね」

泣く子を見れば自然とそんな感情が込み上げてきますが、「ごめんね」が伝わった時点で「預けること」が「謝るべきこと」になってしまう。

からしたら「謝られるようなことをされている」と思ってしまう気がして、「ごめんね」を避けてきました。

それよりも、「楽しいところに行っているんだ」というポジティブな気持ちでいてほしいと思っています。実際に、園には楽しいことがたくさんあります。

だから、楽しむために行っていると思ってもらいたい。そのために、自分ができることは何だろうかといつも考えるようにしています。

積極的に関わる

仕事をしているから子どもを預けているわけで、園と積極的に関わるのは簡単ではありません。日中は仕事だし、休みの日はたまった家事を片付けるのに精一杯。

でも、今しかない園生活なので、とにかく自分も楽しみたいと思っています。子どもの話を聞くのはもちろんのこと、連絡帳やお知らせなど園のことを知る機会はいくつか用意されているはず。

正直なところ、1歳で入園(正確には0歳)したとき初めて目にした連絡帳(生活記録)は、「なんて面倒なんだ!」と思いました。でも、それも3年も続けると、最高の宝になりました。

もし自分が保育園に子どもを預けていなかったら、これだけ丁寧に毎日子どもの記録を残せただろうか。たぶん答えはノー。基本、面倒くさがりの私にとって、連絡帳の強制力はありがたかったです。

きっとこれから初めて連絡帳を書くお母さん・お父さんもいると思います。最初は面倒だと感じるでしょうし、そもそも単調な毎日でいったい何を書けばいいのだろうかと思うかもしれません。

だけど連絡帳に関しては、とにかく書き続けることに意味があったなと、今では思います。

年少になった今は、本当に簡易的な連絡帳だけになりました。少し寂しくもありますが、これまでの連絡帳の役割を、娘が果たしてくれているので楽しくもあります(ただ、ときどき意味不明で困りますが・・・)。

幼稚園は行事も多く係もありますが、これもまた、最初は苦難の道かと思いきや本気で関わってみると楽しい(有給との戦いであることは否めないけれど)。


昨年3月に3年通った保育園を卒園し、4月に子ども園に入園した娘。この1年は、これまでで一番激動だったように思います。

最初は泣きました。親も子も泣きました。保育園と違い子ども園は、幼稚園の時間が終わると帰宅する子どもがいます。それに気づいた娘に抗議をうけました。

でも今は、そんなことも懐かしい思い出。娘はすっかり園に慣れ、誰よりも長く園を楽しみ、もうすぐ年中になって下級生のお手伝いをする日を心待ちにしています。年中・年長のクラスやバスの席について思案し、毎日ワクワクしています。

そんな娘に力をもらいながら、今日もまた頑張ります。

帰ってきた娘(独り寝は小学生になってから?)

昨年のクリスマスを機にいきなり独り寝を始めた娘ですが、お正月休みも終わりしばらく経った頃、親のベッドに帰ってきました。おかえり、むすめ。そうだと思ったよ。

natsulife.hatenablog.com

独り寝を始めてから、落ち着かないのか毎晩トイレに起きるようになり(起こされるようになり)、最初はそのあとも自分の部屋に戻っていたのですが、ここで寝付くまで一緒にいなかったのが寂しかったよう。

それを訴えられ、まずはトイレのあと親のベッドに潜り込んでくるようになりました。ここからは早かった。若干体調を崩して鼻水が出始めた頃、「(具合が悪くなって)夜中に何かあったら困るから一応ママの隣にいるね」との理由で一緒に寝るようになりました。この理由付けには笑ってしまった。4歳にして自分の身を案じて「一応」の行動をとったようです。

数日後。「やっぱり自分のお部屋で寝るのは年少さんには早すぎるから、小学校2年生からにする」(1年生ではない!?)だそうです。

中途半端なトライは自立を遅らせたのかもしれません。。。まあ、まだまだ甘え盛りなのでいいでしょう。特に冬は一緒に寝た方が暖かいし。

幼稚園ではクラスを引っ張っていく存在だという娘(先生談)、家ではとことん甘えっ子でワガママです。みんなそんなもんだよね。

キッチンワーク改善のために排除した3つのアイテム

3食昼寝付きなんていう言葉も世の中にはありますが、主婦の、そして母としての日々はそんな発想からはかけ離れた、時として3食に追われてしまうことさえある毎日です。

子どもを持って最も大変になった家事は食事の支度と片付けかもしれません。食べる人がいるので作らなくてはいけない。まあ、完璧にはほど遠い手抜き料理ではありますが、それでもやはり何かを食べさせなくてはならないのです。そして、作れば片付けが待っている。休みの日なんて、朝食を食べながら昼食何にしようかしらと悩む。そしてランチどきには夕飯の支度は・・・と思案する。そんな毎日、毎週です。

日々の生活の中で大きな比重を占めるキッチンワークを見直すと、時間のなさとの戦いは少しばかり楽になります。

見直すと言っても本当に小さな小さな工夫。工夫と言うか、排除。我が家で、キッチンから排除してみたら、思いの外キッチンワークが快適になった3つのアイテムを紹介します。

洗いかご

我が家の食器洗いは基本的に食洗機です。それでも、食洗機未対応の食器や、その場でサッと洗ってしまいたいものもあるので、手洗いはなくなりません。

以前は一般的な洗いかごを流しの脇に置いていました。流しに隣接して置くことで、水をためることなくそのまま排出してくれるタイプのものを使っていましたが、これでもやはり水アカなどの汚れは避けられません。水が流れるところが白くなったり赤くなったりぬるりとしたり。定期的に洗いかご自体の洗浄をしないといけないのが億劫でした。

そこで思い切って、洗いかごを処分。

きっかけは、娘が一緒に料理をするようになり、キッチンのスペースを確保するためでしたが、なくしてみたらとても快適。

代わりに置いたのはタオルです。白い普通のタオル。これを4つ折りくらいにして敷いておき、その上に洗った食器を並べていきます。タオルが水分を含んできたらドンドン取り替えます。そして洗濯は、もちろん洗濯乾燥機。

水アカが溜まりがちになる洗いかごよりも、毎日洗濯できるタオルの方がよっぽど気持ちがいいものです。

キッチンの作業スペース確保も簡単ですし、キッチンの作業台に水滴が垂れることもないので、常にきれいな状態を保つことができます。

ちなみに使っているタオルはこちら。安くて丈夫で使い勝手も抜群です。

三角コーナー

続いて、三角コーナーがない生活。

シンクに置くあれです。生ゴミとかを捨てるためのアレ。カビの温床のアレ(は、我が家の場合ですが・・・)。

我が家では、もう長い間三角コーナーを使っていません。代替品も使っていません。何もなし。シンクは全体が使えるように広さを保っています。生ゴミは、そのまま排水溝のカゴにためてしまっています。

洗い物の最後にこの排水溝のカゴからもゴミを取り除き、お掃除終了。ゴミはできるだけひとまとめにした方が処理が楽ですし、できるだけ見えないところに隠した方が見た目も美しいです。そう考えたら、三角コーナーを置く理由がもはや見つからないのです。

普段から使っていると、「なくす」のは何となく抵抗があるかもしれないですが、思い切って撤去してみると、シンクもすっきりしますし、何よりも掃除が楽になります。

台ふきん

最後は台ふきん。これもまた、知らぬ間に見えないカビや雑菌が溜まりやすい、神経を使うアイテムですね。

とは言え、完全になくすわけにはいかないので、この場合は代替品があります。アルコール入りのウェットティッシュです。

調理台などサッと拭けて便利です。何よりいいのが、カルキがきれいに落ちること。蛇口の周りなど、すぐに白くなってきますが、アルコール入りのウェットティッシュで拭くだけでビックリするほどきれいになります。世の中にたくさん売られている洗剤は何なんだろうと思うくらい、たった1枚のウェットティッシュでピカピカになるのです。

シンク周りはこれでいつもピカピカ。コンロの掃除もこれ1枚です。アルコールは油汚れもきれいに落としてくれるのです。あっという間にきれいになります。

1回のキッチン利用でだいたい1〜2枚使うことを考えると、コストパフォーマンスは決していいとは言えないかもしれません。

でも、ふきんを清潔に保つために神経使ったり、色々な場所を掃除するために複数の洗剤を使い分けるより、もしかしたらトータルコストは安いかもしれません。


1日の利用回数が多いキッチンだからこそ、小さな工夫の積み重ねで少しずつストレスが解消できるものです。

2016年の振り返りと2017年への意気込み

ついに、今年も残すところあと1日。この一年を振り返り、新しい年につなげていきたいなと。

自分:フリーランスから会社員へ

2016年の1番大きな変化は、フリーランスを卒業したことです。実に9年ぶりの会社員生活は、さすがに慣れるまでに時間がかかりました。

一番苦労したのは「頼ること」。ずっと一人でやってきたので、周りに頼る、周りを巻き込む感覚を、完全に忘れ去っていました。肩の力が抜けるまでに数ヶ月、上手に回りと連携できるようになるまでまた数ヶ月、そんな感じで立ち上がりには時間がかかりましたが、今では周りにたっぷり甘えています(それもどうなの、、というのはさておき・・・)。

巻き込んだり巻き込まれたり、これって会社員ならではの魅力だなと思います。

ちなみに、仕事と育児との両立という観点で、フリーランス時代はよく羨ましがられたりもしましたが、個人的には会社員の方が確実にラク。自分としてもラクだし楽しめるし、子供への負担もフリーの時よりは少なくなっているのではないかと思います。

フリーだと、子供が病気になろうが自分が寝込もうが仕事の量は変わらない。代わりにフォローしてくれる人もいない。有給休暇もない。休んだ分だけ仕事は遅れ、取り戻すことができるのも自分だけ。一生懸命に仕事と向き合おうとすればするほど、限界を感じるようになっていました。

会社員に戻ってもうすぐ1年。娘が4歳というこのタイミングに、今の自分の仕事の仕方はあっていると思っています。今この仕事ができていることに感謝しています。

子ども:幼稚園(認定こども園)への進級

2016年、娘は幼稚園に進級しました。それまでは、0歳〜2歳児クラスまでの子ども20人ほどが一緒に生活する小さな保育園に3年。一変して幼稚園ではひとクラスが24人。午後からは、年長までの縦割り保育になるので、全員合わせるとかなりの人数になっています。さすがに最初は戸惑いを見せていました。

親の方も、仕組みやルールに慣れるまで頭は常にフル回転。それに加えて娘のフォローで1学期はとにかく長く感じました。しかし対する2学期は、1学期の半分くらいしかないのではないかと思うくらいあっという間に過ぎていきました。

運動会や発表会などの行事でも、親から離れて先生と友達の輪に吸い込まれていく娘の姿を見ていると、成長を感じずにはいられません。

一方で、2学期は慣れからくるミスも多発(私の)。服装や持ち物に関する連絡事項の見落としも増えてきて、気が緩んでいる証拠だなと思いました。ここは、3学期からまた気を引き締めていきたいところです。

家族:健康で楽しく過ごせた1年

私たち家族も、そして親も、この1年は健康で元気に過ごせました。娘が極度の病院嫌いを克服したのも大きかったです。今では、インフルエンザの予防接種だってへっちゃら。自らスタスタと診察室へ入り、腕を出して泣かずに終了です(1年前までは病院まで引きずっていった感じ・・・)。

そんな成長もありましたが、一方で夫は仕事が忙しく、私も毎日の家事・育児・仕事をこなすのに精一杯だったため、家族の結びつきが少し薄かったようにも感じています。

家族3人が、そしておじいちゃん、おばあちゃんが、一緒に揃う時間は案外少ないものです。来年は今よりも仕事とプライベートのメリハリをつけ、週末はもっともっと子どもや家族と向き合えるようにしていきたいものです。

仕事が楽しくなってしまうと、ついついそれをどこまでも持ち込んでしまうのが私の悪いところ。実際に手を動かす「お持ち帰りの仕事」があるかないかは関係なく、頭の中の切り替えが難しい。フリーランスの頃に比べたら、それでもずいぶんメリハリをつけられるようにはなったけれど、考えごとをしていることは娘には伝わっているでしょう。これは本当に気をつけたいところです。

「変化」から「飛躍」へ

さて、色々と振り返ってみたところで、はてなブログ今週のお題」にもなっていた「2017年にやりたいこと」を。やりたいというよりも、「なりたい自分」と言った方が近いかもしれませんが。

2016年は「変化の年」だったので、2017年は「飛躍の年」にしたいです。

仕事

仕事では、まだまだ成果をキープするのに精一杯でその先に向かえていない。2017年は、ここを大きく乗り越えたいと思っています。まずはペースを整えて、短い時間でも大きな成果を出せるようにしていきたいなと思います(そもそも時短なので当たり前ですが・・・)。また、アウトプットばかりを意識せず、様々な分野の本を読むなどインプットの時間も増やしていきたいです。

ここを意識することで、子どもや家族に向かう自分の気持ちにも余裕が生まれ、結果的に好循環がうまれるのではないかなと。

育児

育児では、もっともっと積極的に幼稚園との関わりをもっていこうと思います。専業主婦に比べればどうしても時間的制約があるので、なかなか簡単な話ではないのですが、それを言い訳にせず、娘には満足のいく幼稚園生活を送らせてあげたいと思っています。娘が習い事への興味も持ちはじめているので、いかにして時間をやりくりするかがカギになりそう。

娘にとっての幼稚園生活は、どう転んでもたったの3年。後悔しないように楽しもうと思います。

家族

家族のために、健康管理を重視していこうと思います。守りの健康管理から攻めの健康管理に転換したいなと。ただただ毎年健康診断を受けるだけではなくて、これからは小さな健診の積み重ねを意識していきたいです。まずは、娘を定期的に歯科や眼科の健診に連れていくところから。そして、もちろん自分も怠ることなく。

まとめると、2017年は、仕事も育児も健康管理も、「変化」から「飛躍」につなげていきたいです。限られた時間の中で大きく飛躍するためには、きっと「戦略」が必要。

ということで、2017年のキーワードは「戦略」。さあ、明日からがんばろう。


最後に

仕事納めの昨日12月30日、娘と夫は一足先に帰省しました。娘が生まれてから4年半、はじめて娘と離れて一夜を過ごしました。成長に感激するとともに、こうして1年を振り返るゆとりの時間をくれた夫に感謝します。

夜泣きから独り寝へ

2016年のクリスマス。

私はサンタさんからとても偉大なプレゼントをもらいました。

娘の『独り寝』です。自分の部屋の、自分のベッドで、朝まで一人で寝たのです。クリスマスの日がきたら一人で寝るんだと、自分で言い出しました。

思い起こせばこの4年間、『眠り』にはとことんまで悩まされてきたわけで、この日が、こんなにもあっけなく来るとは思ってもみませんでした。


元々4時間おきの授乳ペースだった娘は、5ヶ月を過ぎたころには起きたとしても夜中に1回授乳するくらい。ときには朝まで起きない日も。なんて楽なんだろうと思っていた矢先の生後7ヶ月、それは突然やってきました。

ちょうど引っ越しの時期とも重なり、親もかなりバタバタしていたので、最初の頃はそれで落ち着かないのかなと思っていましたが、、、そんな甘い話ではありませんでした。

20時に寝た娘が最初に泣き出すのが23時、その後1時間おきに朝の3時か4時まで、合わせて5〜6回、夜中に起こされる日が続きました。

泣き止みポイントは抱っこ。授乳ではなくて抱っこ。添い寝でもダメ。起きて抱っこ。昼間、刺激を受けた日などは特に酷く、泣き止ませることすらできない日もありました。

いつかは終わるからと周りからは励まされ、そんな生活を続けること1年以上。歩くようになり、言葉が出てきて問題はさらに深刻化してきました。パパではダメ。夜はママでないとダメ。どうやってもダメ。自己主張のカタマリ。

赤ちゃんの寝かしつけとか夜泣きに関する本を読みあさり、これだと思う方法は片っ端から試しました。そして、とことん玉砕。

昼間の愛情が足りないんじゃないかと、自分を責めました。

あまりにもゴールが見えなくて、本当に辛かった。


でも、夜泣きの終わりはやってきました。

2歳を過ぎたころから徐々に回数が減り、2歳半あたりで1、2回まで減っていました。それでも、起こされない日はなかった。

それが、忘れもしない3歳1ヶ月。夜泣きが突然終わったのです。長い長い2年半でした。夜に寝て、次に起きたときは朝。2年半ぶりに味わったこの感覚、はじめはビックリしました。

ところが3歳半。やや大きめの怪我をしたのを引き金に、夜泣きの復活。1ヶ月ほどでしたが、一度解放されたと思ったあとのこの1ヶ月は、精神的にかなり追い込まれました。

それもどうにか乗り越えて、やっと、やっと、本当に終わったのがおよそ1年前。

ただ、夜泣きがなくなったとは言え、夜はこれだけ神経質になる(よく言えば繊細な)娘ですから、眠りにまつわる苦労はまだまだ尽きることはありませんでした。


とにかく疲れが取れなくて、ゆっくり眠りたいという願望を抱きつつも、もはや諦めの境地。娘と一緒に寝ることができるのも、ほんのあと数年だと思って、最近ではこんな苦労も悪くないかなと思い始めていました。


ところが親の心とは裏腹に、今度は娘が大きく成長。

もう処分してしまおうかと思っていた娘の部屋のジュニアベッド。クリスマスの日がきたらここで寝るんだと、イブの日に突然言い出したのです。


ちょうど幼稚園でも、自分のことは自分でやるという指導が強化されていて、その影響なのかもしれません。

もしくは、友達が先に独り寝を始めたのかもしれません。

理由はよく分からないのですが、本人がやる気になったようなので、ダメ元で試してみました。


きっと、うまく眠れなくてやっぱりママのベッドにいくと言い出すだろう、と思っているうちに、眠りに落ちた。

きっと、夜中に寂しくなってママのベッドに潜り込んでくる、と思っていたけど、来なかった。

きっと、トイレに起きたら自分のベッドには戻らないだろう、と思っていたけど、ちゃんと戻っていった。


そして朝まで、一人で寝て、朝になったら自分から起きてきました。


嬉しいやら寂しいやら。


さて、いつまで続くかは分かりません。でも、本人がやる気のうちは、自分の部屋で寝かせてみようと思います。そしてその間に私も体力回復!


きっと、今でも夜泣きで苦しんでいるお母さん、お父さんはたくさんいると思います。

今振り返って思うのは、どうにか対処しようとなんて思わずに、諦めてしまえばよかった。諦めたって苦しいことには変わりないけれど、頑張ろうとしない分、少しは楽だったかもしれない。

そしてもうひとつ、今だからこそ思うこと。自分を責めても仕方がない。昼間の愛情が足りない、接し方が悪い、そんな風に書かれている本やサイトがあります。それを読むたびに自分を責めてきましたが、それが解決してくれたことは何一つありませんでした。ただでさえ寝不足で体力勝負になっている中、精神的にも自分を追い込んだところで、何ひとついい方向には向かいません。

いつかネタにするくらいの気持ちで、諦めて、適当にやり過ごすのがいいのかなって、今では思います。


明日にはまた親のベッドに戻ってくるかもしれないけれど、それでもいい。とにかく、大きな成長を見せてくれた娘に感謝しつつ、今の気持ちをここに残しておくことにしました。

ちょっとしんみりしてしまった気もするけれど、夜泣き生活があまりにも壮絶だったので仕方ない。

おしまい。

サンタさんへの手紙

気づけば今年も残すところ1週間ですね。焦る。。。

ある日、娘が私に隠れて何かを書いていました。のぞこうとすると、、

『見ちゃダメ!』

って、言われたら見たくなるものです。見ました見ました(ちゃんと許可を得ました)。娘が人生で初めて書くサンタさんへのお手紙でした!

あまり物欲のない娘が、一生懸命ひらがなを調べながら手紙を書いている。リクエストはオモチャとおいしいごはんでしたが、なんとも心温まったのが差出人。自分の名前と母親である私の名前を連ねて書いてくれました(え、パパは?という疑問はおいておき・・・)。

一応プレゼントはちゃんと用意したけれど(amazon様、ヤマト様ありがとう)、果たして手紙に何を書いたか覚えているのかは疑問です。もっと別のものが欲しかったとか言われないかドキドキです。


まもなくサンタさんがやってきますね。

娘の机の上がそれはそれは散らかっていたので、『このままではサンタさんきてくれても、プレゼント置く場所ないからそのまま帰っちゃうかもね』と軽く言っておいたら、今日は朝からせっせと片付けていました。

サンタさんの威力はすごい。


ちなみに、娘は自然とひらがなを覚えましたがやはりまだ完全ではない。そんな娘が愛用しているのはこちらです。

1ページに1つひらがなが書いてあるので、辞書のように使っています。

最初のうちは間違っていると教えてあげていたのですが、娘も間違いを指摘されるのは面白くないようで時として大きなもめ事に発展していました。

もう面倒なので、何か書いていたときにこの本を使ってみたらと渡してあげたら、自分で調べて書くという技を身につけてくれました。どれだけ負けず嫌いなんだとも思いますが、本当に教えてほしいときは聞いてくるし、自分でやりたいときは好きにやればいいかなと思いそっとしています。


最後におまけ。

子どもたちはサンタさんにお手紙を書きますが、サンタさんからお手紙をもらった人(ねずみ?)もいたようです。

[asin:4834010597:detail]

郵便屋さんのねずみさんがサンタさんのお手伝いをするお話です。なんとも心温まる素敵な展開が待っていますよ。お気に入りの1冊です。