何気ない一言で娘を傷つけたかもしれない話
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最近、なかなか起きてこない娘。
3学期は(3学期も?)何かと行事が多く幼稚園児なりに疲れているだろうと思うし、何よりも、できるだけ睡眠をとって風邪をひかないようにしてほしい。そう思うと、ついついギリギリまで寝かせてしまうのですが・・・。
結果的に食事にも時間がかかりそのあとの着替えもまた例外なくペースが上がりません。
急かしたところでたいして効果がないのは分かっているのだけど、だからと言っておだてていてもことは始まらない。園バスに乗り遅れるということだけは避けたいし(幼稚園がそこそこ遠いので・・・)、最後は結局急かしてしまう。
そんな毎日を過ごしているわけですが、今日は色々と反省する場面がありました(私が)。
何気ない一言
特に意識して言ったわけではないのですが、ついつい口から出た一言。「いつもこうやって遅くなっちゃうから、もう少し早くごはんを切り上げようよ」
それに対して娘が大きく抗議。
「『いつも』ではない!」
ハッとしました。もちろん、きちんとできる日もある。むしろ、1年を通して見たらきちんとしている日の方が多いはず。
それなのに、ここ1週間ほど毎日グズグズが続いていたのもあり、何気なく出てきたのが「いつも遅くなる」でした。
大人にとっての『いつも』と子どもにとっての『いつも』
私にしてみたら、別に娘を否定しているわけではなく、単に優先順位をつけようよという話でした。遅刻しないということを一番に優先し、ごはん(というか、おかわりですが・・・)は時間が来たら切り上げる。その方がお互い気持ちよく出発できると思い、言った言葉でした。
大人にとっての『いつも』は、『ここ最近』のこともあれば、『半年くらい』のこともあり、もちろん、『100%』のこともあります。
でも、子どもにとっては違うのでしょうね、きっと。
純粋すぎて、言葉の意味をストレートに捉える子どもにとっては、
『いつも』=『100%』
なのだと思います。
言葉の持つ危うさ
『いつも』という言葉は、こうして大人と子どもの間に温度差を生むのでしょう。
娘はきっと、私に全否定された気持ちになったのだろうと感じました。
もちろんあとから謝ったけど、瞬間的に大きく娘を傷つけたかもしれないと思うと、心が痛みます。
まだまだ語彙もそれほど多くない幼稚園児。そして、驚くほどストレートに言葉のもつ意味を受け止めてしまう。『いつも』以外にもきっと、大人と子どもで感じ方が違う言葉はたくさんあるのではないかと思います。
これからは、もっと気をつけていかなくてはと思った朝でした。
さて、気を取り直して明日は遠足。
お弁当の準備は半分終了しました。続きは明日の朝。
明日は気持ちよく出発できるよう、色々気をつけよう。