Natsu life

娘・家族・仕事。大切なものをもっと大切にしたい。お母さんエンジニアの思うこと。

「考えない」工夫ー-食事の支度のボトルネックは何だろう

毎日の家事の中でも最もサボりにくいのが食事の支度。子どもはお腹が減るのです。娘の幼稚園は完全給食なので、支度と言っても平日は朝夜の2回ですが、それでも大変です。

以前は週末に作り置きをしていましたが、週末が家事だけで終わるのがイヤでストック作りもやめました。

その代わりに、宅配サービスをまたもや色々と検討。

これまで、「らでぃっしゅぼーや」に「パルシステム」、「オイシックス」、そしてカット野菜の「イエコック」を使ってきた経験があります。今回また改めて、これら(+おうちコープ)を比べてみました。

そしてオイシックスを再開。

決め手は「Kit Oisix」。食材と調味料のセットです。同じようなセットはらでぃっしゅぼーややパルシステムにもありますが、こちらは専用トラックで配送されるため曜日と時間の指定ができません。やはりそれだと不便なので今回はオイシックスに決定。

KitOisix 単品|有機野菜などの安全食材宅配 Oisix(おいしっくす)

他の宅配サービスのキットに比べると本格的なメニューも多いのがKit Oisixの特徴。確かに、普段あまり作らないようなメニューもあります。他のキットと比べて作るのに時間がかかるような口コミもあり迷いましたが、ものは試しにはじめてみることに。

野菜を切るか切らないか

少し前までは、カット野菜のイエコックを使っていました。こちらは、生野菜やスチーム野菜をカットした状態で配送してくれます。

新鮮なカット野菜の宅配・通販ならイエコック

これまで、食事の支度で最も面倒で時間がかかるのは野菜のカットだと思っていました。だからこそ、カット野菜の宅配サービスが重宝していたのです。

今回はじめたKit Oisixの場合、すべての野菜がカットされているわけではありません。自分で切らなくてはならない野菜もちらほら。そのせいで、オイシックス再開をしばらく迷っていたのも事実です。

野菜のカットよりも大変なこと

しかし、実は野菜のカットなんてたいした労力ではなかった。

Kit Oisixをいざ初めてみると、なんて楽なんだろうと実感しました。確かに野菜を切ることもあれば、調理方法がやや面倒なこともある。

でも、とにかく楽。

その理由は、献立を考えなくていいから

そしてもうひとつ。食材が余らないから

注文時に消費期限の異なるメニューを頼んでおき、あとは期限が近いものから作る。ここはもう完全に機械的な作業になりました。

そうしたら、なんだか何かから解放されたような気分。

確かにこれまでは、冷蔵庫の中を覗いては何を作るか考えていました。特に週の後半は、余った食材をうまく使い切ることを考えながら献立を決めなくてはならない。

実は、これこそがストレスだったのですね。献立を考えなくていいというのはこんなにも楽なのかと。

そして、食材が中途半端に余ることもないので、冷蔵庫の中も以前よりすっきりしています。

作業ストレス < 思考ストレス

つまりこういうことですね。

何かの作業をすることよりも、何かを考えなくてはならないということの方が、心が支配される分疲れるみたいです(あくまでも私の場合)。

無心になって作るだけでいいので案外娘とも話ができるし、それこそボーッとすることもできる。もう少し極めれば本くらい読めるかもと思ってしまうくらい、何も考えていません。

育児、家事、仕事、そしてちょっとだけ自分の時間、、、の繰り返し。毎日毎日、脳みそが解放されることって確かに少ない。

だからこそ、作業の軽減よりも脳みその解放の方が、日々のルーチンワークを楽にするのだなと。

リマインダーアプリなどを使うのもこれに近いのかもしれません。何かを覚えておかないとというストレスから解放されることで、なんだか楽になるものです。


まだまだ手のかかる5歳児。日々の生活を少しでも楽にできるよう、意識的に「考えること」をやめる方法を見つけていきたいなと思う今日この頃です。

【書評】お母さんの「敏感期」―モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる

たまたま手に取った一冊の育児書、なかなか面白かったのでご紹介。

お母さんの「敏感期」―モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる (文春文庫)

お母さんの「敏感期」―モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる (文春文庫)

サブタイトルには『モンテッソーリ教育』とありますが、モンテッソーリ教育そのものを説明した本というより、モンテッソーリのベースとなった考え方が書かれた本だと思うといいかもしれません。

私自身、モンテッソーリ教育にこだわりが強いわけではありませんが、この5年間の育児で悩んだことが、一気に解明された気分にもなりました。そういう意味でも参考になる点が多かったです。

反抗期ではなく『敏感期』

成長の過程で幼児は『敏感期』と呼ばれる時期を通過するようです。自分を取り巻く環境から必要なものを吸収し、『自分』を創り上げていく時期です。

この時期に学び取るべきものを本能で知り、興味関心をいだいて吸収していく。でも、大人から見たら意味不明な言動も多く、無限に湧き出る子どものエネルギーを前に、途方に暮れてしまうこともあるものです。私自身、何度となく苛立ちをあらわにしてしまいました。

秩序の敏感期

魔の3歳児とはよく言ったものです。この時期は本当に、癇癪を起こして泣き叫んでいることが多かったように思います。

これが反抗期かと思ってなんとかやり過ごしてはいたものの、精神的には相当疲労します。

でも実は、これには理由があったのかもしれません。

モンテッソーリによると、子どもが不機嫌になる理由は、

敏感期にある子どもが何かに強い興味や関心をいだいたにもかかわらず 、大人の鈍感さによってその興味が断ち切られたときにあらわれるのだ

なんだとか。確かにそう言われればそうなのですが、ここで問題は、『何かに強い興味や関心をいだいた』理由が分からないことです。大人からしてみたらなぜこんなことを、、、と思う数々の謎めいた行動。そこに理由があったのだと知っていれば、育児はもっとスムーズだったかもしれません。

幼児のこだわりを説明付けてくれるのが【秩序の敏感期】。

2、3歳頃をピークに、順番や場所、所有物そして習慣などにやたらとこだわるようになります。この時期に、モノとモノ、コトとコトなどの相互関係が理解できるようになるようです。

娘はかなりの頑固者で、いつもと違うことが大嫌いでした。

2歳半を過ぎた頃、保育園までの通園途中で靴の中に入った石を出したことがありました。その日を境に、毎日同じ場所で同じベンチに座り、必ず石を出さないと気がすまなくなりました。

もちろん、石は毎日は入っていません。ほとんどの日が、何も入っていない靴を一度脱がせて逆さにし、中を綺麗にするそぶりを見せて再び履かせるだけ。

時間がなくて強引にこの儀式を端折ったら、それはそれは泣くは怒るはで大変でした。以降、素直に娘の思いに従ってきたわけですが(いつしか自然となくなっていました)、これも、秩序の敏感期だからこその行動だったのかなと思います。

こんなことの繰り返しも、子どもの成長には必要なプロセスなのですね。

感覚の敏感期

本書では、敏感期を3つに分けて解説されています。1つ目はすでに書いた秩序の敏感期。残り2つは感覚の敏感期と運動の敏感期です。

3歳から6歳くらいにかけて、五感が一気に発達します。この時期こそが【感覚の敏感期】です。興味津々のこの時期は、何を見ても、何を聞いてもあっという間に心奪われていきます。それは単に興味の問題だけかと思っていましたが、もしかしたらこれもまた、敏感期ならではの行動なのかもしれません。

味覚もこの時期に大きく発達するのだとか。「おふくろの味」を覚えてもらうためにも、この時期はできるだけ手作りの食事を意識したいとも書かれています。もちろん、手作りに超したことはないですし、やれる範囲でできる限りのことはしているつもりです。

でも、ファミレスや市販のお菓子、ジャンクフードなどもまた、成長課程でなくてはならないようにも感じます。友達との会話に出てくるファミレスの話題、遠足でのお菓子交換、人と人との繋がりが深くなるこの時期だからこそ、味覚だけにこだわるのではなくバランスよくいきたいなと思うのです。

運動の敏感期

最後は【運動の敏感期】です。

どういう時期かを説明するとても分かりやすい説明があったので、そのまま引用します。

この時期は 、一生に一回だけ人間が全力をだし切ることをけっしておしまないというめずらしいときなのです 。この時期を過ぎると 、人間は常に力を倹約する方に働き 、なるべく 「ラクをしたい 」と願い 、動かないですむような工夫をこらす時期に入ります 。

娘も例外ではありません。スポーツは得意な方ではないように見えますが、それでも体を動かすことはとにかく好き。

ベビーカーをやめた2歳半以降、お出かけでも顕著です。エレベーター、エスカレーターよりとにかく階段。

今でこそスイスイ移動できますが、2〜3歳のころはなかなか苦労しました。電車の乗り換えでも人の波が去るのを待ってからいざ階段に挑み(挑ませ)、最後の方は次の電車が入ってくるのといい勝負になるという。。。

育児は忍耐だなぁとよく思っていました。

こんな行動も、この時期独特のものだと思えば少しは心も軽くなるもの。「ずっと続くのかもしれない」という気持ちからの解放で、育児はずいぶん楽になる気がしています。

敏感期に教えたいこと

さて、こだわりの強い子どもの敏感期。ストレスに感じることも少なくはありませんが、だからこそ、ただただ苦しみながら過ごすのではなく、子どものために行動してあげたいものです。

多くのことを吸収しようとしている子どもに対して、親はどうやって「教えて」いけばいいのでしょうか。

幼児期に「学ぶ力」を身につけさせたいのであれば、「どう動けばいいか」を自分で学び取りたい「運動の敏感期」に、子どもが自分で「動き方」をよく見て、自分で取り組めるような機会をたくさん提供することです。

つまり、やり方を教えるのではなくて、やり方を見せる。あとは待つ(結局忍耐だ!)。

確かに我が子も、公園で初めての遊具を見ると、まずはひたすら他の子の様子を観察しています。また、保育園で先生がエプロンの紐をチョウチョ結びするところを毎日しつこく観察し(先生曰く、いつも背中側に回り込んで張り付いていたよう)、1人で勝手に習得してきました。

説明するよりまずは見せる。遠回りなようで案外近道なのかもしれません。

「見て」覚えたことの定着率は確かに高い気がします。親として、待つことはかなりの忍耐ではありますが、これで将来自分から学べる子になってくれるかもしれないと思うと、まあ待ってみるかという気持ちにもなるものです。

親の敏感期

初めて親になったとき、じつは親の方も「敏感期」に近い状態なのだとか。我が子のために「母である」姿を追求したくなる時期。それこそが親としての敏感期なのです。

敏感期にある子どもの興味や成長に敏感な感受性で接していくことで、母親として生きる長い人生の基礎ができるとのこと。確かに、今の時期の忍耐は(それはそれでかなりしんどいですが)きっといつか役に立つだろうと思うことはよくあります。

今は幼児相手に四苦八苦しているわけですが、育児においてはまだまだ序盤。これが小学生になるとより友人関係が複雑化し、中学生になり思春期を迎え、高校生では成人に向けてのラストスパートをきらなくてはなりません。子どもの成長段階で、いつも粘り強く見守ってあげられるよう、今は母親としての基礎を磨く時期なのかもしれないなと思いました。

これからはもっと子どもの感受性を意識し、合理的な考えは捨てて「待つ」ことに対して寛容になりたいものです。


感受性に着目した本書は、色々なことに気づかせてくれました。また、不可思議な/だった子どもの行動に納得感が持てた一冊でした。


こちらの育児書もおすすめです。

natsulife.hatenablog.com
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ティッシュケース作りーー女子力アップへの道

ゴールデンウィークも終盤の土曜日、我が家では特に予定もなくのんびりと過ごしておりました。

娘ものんびりとEテレを視聴(ダラダラ見はよくないと思いつつ、休みの日くらいうるさく言うのも気が引けて結構放任・・・)。

すると、こちらの番組が始まりました。手作りのおしゃれアイテムを紹介している(たぶん)中高生向けの番組です。5歳児には難しいと思うのですが、娘はこの番組が結構好き。

www.nhk.or.jp

紹介されていたのは、マットや食器などの下に敷く滑り止めとリボンで作るティッシュケース。

「作りたい」という気持ち

番組を見たとたんに、娘の創作意欲が炸裂!

リビングのラグをめくり、「ママこれちょうだい!」と。

でも、一緒に見ていたパパに話しを聞くと、それでは編み目が細かすぎるとのこと。そのことを説明すると、パパを引き連れ近所の100円ショップに出向いて行きました。

滑り止めとリボンを買ってもらい、見よう見まねで作り始めた娘。

私は完成形を見ていなかったため細かい作り方は分かりませんでしたが、ひとつハッキリしていたことは、このまま娘の想像力だけに頼ってもゴールしそうもないということ。

一緒に見ていたパパの記憶力を足し合わせても、完成まではほど遠そうだったので、パパがネットで調べてくれました。

定番アイテムにピッタリ カラフルリボンのティッシュケース

要は、滑り止めの編み目に対してリボンを編み込んでいき端を止めてケースにするという流れ。

言うは易く行うは難し。何せ、作るのは5歳児。『縫う』も『編む』も初めての娘。本人はひとりでできると思っていたけれど、説得して一緒に作ることに。

途中で編み目がずれたり引っ張りすぎて抜けそうになったりしながらも、どうにか10本編み込みました。


その後、ボンドで端を止めて成形していくわけですが、結構時間がかかりそうだったので休憩させていったん私は買い物へ。

「ひとりでもできるんだ」という意欲


帰宅してビックリ。

ボンドで止める部分のリボンがバッサリとカットされている・・・・・。


パパ曰く、ママがいなくてもできると言って急に切り落としたそう。

本人も何やら良からぬことに気づいたようで、それ以上は手をつけていませんでした。

ひとりでやりたいと思ったその気持ちを傷つけないように、ちょっと手伝うねと言いつつ必死の修復。。。全体的に少し縮めてどうにか事なきを得ました。


きっと、最初からひとりでやりたかったんだろうなと思い、娘のそのチャレンジ精神になんだかホッコリ。


最後は爪楊枝を使ってボンドを上手につけ、洗濯ばさみで固定して接着。そして私の洋裁用品の中から引っ張り出してきたリボンをつけて完成。

ほぼ半日がかりの制作になりましたが、娘は大満足。

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次なるステップ

ちょうど、そろそろ針を持たせてみたいなと思っていたところだったので、その前に手で「縫う」動きを覚えさせられたのは私としても収穫でした。

次は毛糸刺繍かな(毛糸針は先が丸いので)。早く一緒に洋裁を楽しめるようになりたい。


今回の制作でも思いましたが、娘の根性は結構すごい。最後までどうにかしてやり切るところは見習いたいほどです。


ただ、時として、手伝わないと無理だろうなと思うことも多々。こういうときに、どうやって声をかけるべきかいつも悩みます。「1人ではできないから手伝うよ」では夢がなさすぎる。本人は、大人が想像する完成度なんて求めていないかもしれない。それよりも、自分でやり切ることの方が大切なのかもしれない。


今回は、一緒にやろうと誘いながらやり方を見せる、時々手伝う、という作戦で乗り切ったけど、今後どんどん高度なことにチャレンジしていくことを思うと、やる気をつぶさない手伝い方を見つけていきたいものです。


思い起こせば1年半ほど前、いきなり娘が包丁を持ちだした頃も、最初はビクビクしていたけど、最後は思いっきり研いであとは自由にさせたっけ。切れ味抜群なら怪我しても治りが早いでしょうということで。針やミシンもまた、きっとこうやってハラハラドキドキしながら覚えていくのだろうな。

成長に感謝するとともに、感動する日々です。

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メロンパンやさんごっこ

せっせとメロンパンナちゃんを折り紙で折る娘。途中、手伝ってと言われたのでいくつか協力しました。

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『うわー、メロンパンナちゃんたくさんできたね』

と言ったところ、、、否定のお言葉。

『違うよ、これは【メロンパン】だよ』

パン屋さんだったようです。

『お顔はチョコレートだから』

いつしか行ったアンパンマンミュージアムのパン屋さんを思い出したのでしょうか。

手前にあるのはトングでした。こうやってつかみます。

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そしてこのパン屋さん、ネットで事前予約ができるそう。

予約はこのスマホから。

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おままごと大好きな4歳児(まもなく5歳)は、必要なものは何でも自作します。

八百屋さんごっこをするためにニンジンをひたすら作ったり、アイス屋さんごっこをするために色々なフレーバーの(色の)アイスを作ったり。

これまでに一番タチが悪かったのはふりかけ。

たまたま見つけた(見つかってしまった)緑色のハギレ。それはそれは小さく切り刻んで、おままごと用ふりかけのできあがり。

自分のおままごとセットにふりかけがないから作ったということでしたが、、、散らかる散らかる・・・。

でもそれも、もう1年も再利用し続けているから、(片付け手伝うのかなり大変ですが)よしとします。


子供っておもしろい。

娘からの手紙

最近、一気に文字を書くのが上手になった娘。

よく、友達や先生に手紙を書いています。

そして、ママやパパにも。

これまでは、ひたすら「ママへ」と書かれたぬり絵をプレゼントされることが多かったのですが、今日はメッセージつき。

嬉しかったので記録。

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ままへ
いつも ぬりえあげてるけど おりがみを あげるときもあるよ
ぬりえをあげるたび がんばってぬってるよ
だから きらきらしいる はれたんだよ
あのきらきらしいるの おまけは ほんとだよ
いつも がんばるよ ♡
ままだいすき ○○より ♡

保育園で毎日のようにぬり絵をしています。きれいに最後まで塗れるとシールを貼ってもらえるのですが、それが手紙にある「きらきらしいる(シール)」。

そうか、娘は私にプレゼントしてくれようと、頑張って塗っているのか。

「いつもがんばるよ」の気持ちが嬉しくて、一週間の疲れも吹き飛ぶ最高の手紙でした。

ママもいつもお仕事がんばるよ♪

ありがとう。

年少の一年間を終えて

先日無事に、年少の終了式を終えました。

1年前、転園の不安を抱えて親も子もストレスに押しつぶされそうになっていたのも懐かしい思い出。今ではすっかり慣れ、幼稚園を楽しんでいます。

娘が通うのは『認定こども園』。

認定こども園とは、

教育・保育を一体的に行う施設で、いわば幼稚園と保育所の両方の良さを併せ持っている施設

です( 認定こども園概要 - 子ども・子育て支援新制度 - 内閣府 )。

こども園の歴史はまだ浅く、制度も過渡期。園によって体制は異なると思いますが、娘の場合、日中は「幼稚園児」として過ごします。幼稚園のクラスで帰りの会を済ませ、幼稚園時間が終了。ここで園バスに乗って帰宅する子もいればお迎えがくる子もいます。

しかし多くの子どもは、隣にある保育のための園舎に場所を移して「保育園児」としての時間を過ごします。

入園して気がついた世界

入園したての頃、娘には大きな気づきがありました。1歳になる直前から保育園に通っていた娘にとって平日の昼間は園で過ごすのが当たり前。それ以外の世界は知りませんでした。

ところがこども園では違います。「お帰りの歌」を歌ったあと、そのまま帰宅する子どもがいます。最初に心が折れたのがこのことに気がついたとき。元気よく登園した日でも、「お帰りの歌」を歌う頃になると帰りたいと言って泣いていたようです。しばらく続きましたが、先生が根気よく抱っこしてくれたこともあり、なんとか乗り越えてくれました。

次の気づきは夏休み。1ヶ月以上にもわたる夏休みのことを先生から聞いてきました。でも、娘の夏休みは4日間。

ヨソはヨソ、ウチはウチ。

この頃になると状況を理解し、与えられた中で楽しむことを覚えてくれました。夏休み中は朝から夜まで「保育園児」として過ごします。幼稚園の教室にも行かなければ、制服を着る必要もありません。このあたりでうまく気持ちの整理ができたようです。

冬休みにもなれば慣れたもの。疑うことなく、登園してくれました。

そして迎えた春休み。きちんとした「終了式」という儀式を終え、区切りがひとつつきました。でも、もちろん日中は園で過ごします。

娘なりに色々と考え、春休みだけど今はまだ年少さん、4月1日になったら年中さんになると決めたようです。娘にとっての区切りは終了式ではなく3月31日。1年でよくここまで理解し乗り越えてくれたなと。娘に感謝です。

一年間の親子の変化

この一年、娘は大きく成長しました。

  • 一色だけだった塗り絵は色鮮やかになり、お絵かきでは人の顔や体が描けるようになりました。
  • 折り紙が上手になりました。プリキュアのハートのステッキを量産しています。
  • 運動能力も少しずつ向上し、公園の遊具にも果敢に挑戦できるようになりました。
  • 病院嫌いを克服しました。注射ももう逃げなければ泣きもしません。
  • そして何よりも、物事を論理的に深く考え、説明ができるようになりました。(おかげで口論になると負けることが増えましたが・・・)

3歳と4歳の違いはすごい。

さて、私はどうだったかなと思い返すと、一学期を終えたときにこんなことを書いていました。

元々が幼稚園型のこども園ということもあってか、幼稚園時間の過ごし方は、働く親、そうでない親、全く同じ扱いです。行事あり、面談あり、係あり。
(略)
基本的に仕事が好きなので、ある程度の強制力がないと、ついつい子どものことは園任せになりがちに。どれだけ意識していても、受け入れ体制があれば、やはりそこに甘えてしまうものです。それを保育園時代の3年間で痛感していたので、今くらいの強制力の方がバランスが取れていると感じます。
1学期を終えて - Natsu life

慣れるまでは本当に大変でしたが、それでもいい環境だと思って過ごしています。そして、

  • 苦手意識を持っていた幼稚園ママとのつながり作りが楽しみになりました。
  • 平日の行事は無理という考えを捨てて、積極的に参加するための工夫をするようになりました。
  • 幼稚園の先生方の子どもたちへの愛情に、感謝、感心することが増えました。

自分なりに娘の幼稚園時代をどう過ごすかが見えてきた気がします。

娘から、そして幼稚園から学ぶことはとても多く、自分の価値観が変わることすらあります。娘は一人っ子。泣いても笑っても、私が幼稚園児の母である時間はこの3年間だけ。この3年間を大切に過ごしたい、今は心からそう思います。

年中時代の豊富(親としての)

さて、いよいよ年中。次の一年はどのように過ごそうか。

まず、行事への参加に加えもっと積極的に幼稚園に関わっていきたい、自分ができることを見つけていきたいと思っています。

育児は絶対に1人ではできない。親が近くにいない以上、結局一番頼れるのは幼稚園の関係者なのです。であれば、困ったときに頼ってばかりの関係ではなく、ときには頼られる立場でもありたい。そう考えると、幼稚園との接点を多く持つことは、結果的にこの先私たち家族にとってプラスになるものだと感じています。

そしてもうひとつ。帰宅後と週末の娘との時間を今まで以上に大切に過ごしたい。

できることがどんどん増えている一方で、友達との関係も深くそして複雑になっており、また思考の幅が広がることで悩むこともでてくるでしょう。

心の中にある小さな悩みや不安、言葉にはうまくできない問題がこれからはきっと増えていくと思います。そんなとき、彼女の変化に一番に気づいてあげられる家族でありたい。一緒に過ごす時間は短くても、できるだけ心に寄り添ってあげられるように意識していこうと思います。

そして週末はとにかくもっと遊びたい。家事に追われるのではなくて、家事は適当でもやらなくてもいいから、5歳という今しかない時間を少しでも多く記憶に残せるよう、積極的に娘と遊ぼうと思います。

そんな思いもあって、先日ちょうどこの記事を書きました。

これからは、平日を乗り切るために週末を使うのではなくて、週末遊ぶために平日を乗り切りたい。そして平日にはできるだけ自分の時間も確保して、心にゆとりを持って娘と接したい。
家事育児の効率化と諦め - Natsu life

考えながら工夫しながら、仕事も幼稚園も週末の家族の時間も、精一杯楽しみたいと思っています。

そのためには、家族、友人、そして会社の仲間に迷惑をかけることも、力を借りることも多々あると思います。そんなとき「お互い様」と言えるよう、自分も周りのためにできることを日々考え実行に移すことを意識して、次の1年を過ごしていきたいものです。

夢と魔法の国で娘がかかった魔法

5歳を目前にして、初めて娘と一緒に家族でディズニーランドに行きました。

初めてのディズニーランド。人も多いし歩き疲れるし、どうなることかと思いましたが、とても楽しんでくれました。

一緒に行った家族がディズニーランド大好きで、何から何までコーディネートしてもらいました。おかげで、本当に楽しむことができました。ありがとう。

娘の友達はオーロラ姫になると言うので、娘にはエルサのドレスを買ってあげました(メルカリですが…)。試着した時点でテンションアップ。ディズニーランドというまだ見ぬ世界に期待が膨らみます。

ショーを楽しむ

アナと雪の女王が大好きな娘。普段からエルサになりたくて仕方ない。そんな話題から、よし行こう!と決めた今回のディズニーランド。目指すはアナとエルサのウィンターグリーティング。

公式サイトに掲載されていた内容を一部引用すると(すでにイベント終了しているためページはもう公開されていません)、

シンデレラ城前のキャッスル・フォアコートで、アナとエルサたちが子どもたちと一緒に遊ぶグリーティングショー。

子どものためのショーですね。そして、

「アナとエルサのウィンターグリーティング」のお子様の参加方法
※1人で参加することのできる小学生以下のお子様は、キッズエリアにてショーにご参加いただけます。

参加型です。ただし、『1人で参加することのできる』子に限ります。

最初、娘はエルサと一緒に踊るとやる気満々。ずいぶん前から場所も確保し参加資格も得ました(この辺りの手際のよさも友達のおかげ)。

警戒心と人見知りという壁

娘は警戒心がものすごく強く、人見知りもするのでなかなか1人で行動ができません。

例えばレストランなどにあるキッズスペース。仮に親のテーブルから3メートルくらいしか離れていなかったとしても、1人では行きません。親の顔が見える距離でもダメ。遊びたくても我慢して親のもとで過ごすか、親を説得して連れて行くか。

そんな娘が、大勢の中に入ってエルサのショーに参加するなんて無理だろうと思っていましたが、本人がやる気だったのでまずは様子を見ることに。

最初は親と一緒に集合。ここではまだ意気揚々。

ところが、キャストのお姉さんが「保護者の方は席にお戻りください」と言った途端に一変しました。

勇気が足りなかった。

踊りたくない、エルサに会えなくていい、ママとずーっと一緒にいるのが一番いい。

娘は4歳、一緒にいたお友達は3歳。この年齢だと片方がぐずり出したら連鎖します。結局2人とも親元でひっそりと踊り、間接的にショーに参加することになりました。

遠くにエルサを見ながら一生懸命踊る娘。まあそうだよね、と納得する親。

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エルサの魔法

最初に魔法にかかったのは3歳のお友達でした。

エルサを見つめてジリジリと前進。キャストが暖かく迎えてくれたため、なんとか大勢の子どもたちの輪に加わりました。

その時キャストが娘も誘ってくれたものの、当の本人は目をそらして拒否。

ショーはそのまま進行し、なんとエルサとアナがフロートから降りてくることに。これはすごい。

じーっと見つめていた娘に、これが最後のチャンスかなと思いダメ元で声をかけてみました。

『エルサの近くに行きたかったら行ってもいいよ。〇〇ちゃんもいるよ。行ってみる?』

そして娘、大きくうなずいたかと思うと、覚悟を決めて走り出しました。全速力。(転ばなくてよかった…)

勇気を振りしぼり、不安に負けないように懸命に走り、お友達のところへまっしぐら。その後、2人はしっかりと手をつなぎ最後までショーを堪能。

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不安が自信に変わるとき

ショーが終わると2人ともなんとも自信に満ち溢れた顔で戻ってきました。エルサに会えた喜びと、1人で行動できたことへの満足感がしっかりと表情に出ていました。

親としても、娘が走り出したその瞬間は感動してなんだかホロリ。この先は、エルサどころではなかった。。


ディズニーランドはやはり夢と魔法の国でした。エルサの魔法にかかった娘は勇気をもらい、お友達の力も借りて、またひとつ成長したのだと思います。

みんなの輪に入って楽しむ。難なくできてしまう子もたくさんいます。むしろ、どこへでも行ってしまい迷子にならないか心配だという話もよく聞きます。

でも、娘にとっては大変なこと。これまで一度もできなかったことが、この日、できるようになりました。

こうして少しずつ娘が離れていくのだと思うと寂しくもありますが、、、ディズニーランド、ありがとう。また行きたい。(疲れるけども…)